3分間の「溺れる」感覚と、絶望的な敗北感
僕が初めてブラジリアン柔術のスパーリングをした日、私はわずか3分でギブアップしました。
相手は自分より小柄で、しかもニコニコと笑っている50代の男性でした。私は当時、筋トレをしていて、体力には少し自信がありました。「力なら負けない」と高を括っていたのです。
しかし、
押しても動かない、引いても抜けない。息は上がり、腕はパンパンに張り詰め、酸素が脳に届かない。
「タップ!」
私がゼーゼーと肩で息をしている横で、その50代の男性は汗ひとつかかず、涼しい顔で水を飲んでいました。
「なぜだ? なぜ俺だけがこんなに疲れているんだ?」
この強烈な経験こそが、私の探求の始まりでした。
結論から。初心者がバテるのは、筋肉が弱いからではありません。
「脳がパニックを起こし、エネルギー投資の判断を誤っているから」です。
これは柔術に限った話ではありません。人生の困難やビジネスのトラブルで「すぐに消耗してしまう人」と「淡々と成果を出し続ける人」の違いも、実はここにあるのではないでしょうか。
エネルギー枯渇のメカニズムを解明する
私が道場でボコボコにされながら、そしてその後の研究と経験を通じて辿り着いた「疲労の正体」を、科学とロジックで分解していきましょう。
① 「闘争・逃走反応」
初心者がマットの上で経験しているのは、スポーツではなく「生存の危機」です。
相手にマウントポジションを取られた瞬間、脳の偏桃体が警報を鳴らします。「死ぬかもしれない!」と。
すると、自律神経系が一気に交感神経優位になり、アドレナリンが放出されます。これを心理学・生理学では「闘争・逃走反応」と呼びます。
この状態になると、人間は無意識に全身の筋肉を硬直させます。これを物理学的に見ると、常に最大の力を出力し続けている状態です。
仕事量(エネルギー消費)\(W\) は、力 \(F\) と移動距離 \(d\) の積で表されますが、ここでは筋肉の緊張維持による内部エネルギー消費を考えます。単純化してエネルギー消費率 \(P\) を考えると、初心者の状態は以下のようになります。
\[
P_{beginner} \propto \int (Muscle\ Tension_{max}) \, dt
\]
常に筋肉のテンションがMAXの状態です。これでは、どんなに大容量のスタミナを持っていても、数分で枯渇するのは当然です。
一方、上級者はリラックスしています。彼らにとってマウントを取られることは「危機」ではなく、単なる「パズルの一場面」に過ぎないからです。脳が冷静なので、必要な瞬間にしか力を使いません。
② 骨格という「レバレッジ」を使っていない
投資の世界に例えましょう。
初心者の動きは、「全財産を、リターンの低いギャンブルにフルベットしている」状態です。
例えば、相手を押すときに「腕の筋肉」だけで押そうとします。しかし、上級者は「骨格(フレーム)」を使います。腕を突っ張り棒のようにして骨で支えれば、筋力はほとんど使いません。
物理学におけるトルク(回転力) \(\tau\) は、力の大きさ \(F\) と回転軸からの距離 \(r\) の積です。
\[
\tau = r \times F
\]
柔術には「テコの原理」があります。上級者は、相手の支点から最も遠い位置(大きな \(r\))に力を加えることで、最小の \(F\) で大きな \(\tau\) を生み出します。
逆に初心者は、相手の力が強い場所(小さな \(r\))で真っ向勝負をするため、莫大な \(F\) を必要とします。
これは、「高金利の借金をして(筋肉を酷使して)、低収益のビジネス(効果の薄い抵抗)をしている」ようなものです。これではすぐに破産(バテる)します。
③ 判断疲れ
心理学には「自我消耗」という概念があります。意思決定や自己制御を行うたびに、脳のエネルギー(グルコース等)は消費されます。
初心者はマットの上で、毎秒数百の判断を迫られます。「右手はどうする?」「足は?」「首が苦しい!」
この膨大な情報処理が、脳をオーバーヒートさせます。これを「認知的負荷」が高い状態と言います。
上級者は、動きを「塊として処理」しています。「相手が右手を置いたら、自動的に腰を切る」というように、思考を自動化しているため、脳のCPUを使わずに動けるのです。
結論:マットで「バテない」ための3つの武器
柔術の修行、そして科学的な分析から導き出される解決策は、人生のあらゆる場面で応用可能です。
あなたがもし、仕事や人間関係で「すぐに疲れてしまう」と感じているなら、以下の3つを実践してください。
- 【呼吸】吐くことで「脳の警報」を解除する
- パニック(交感神経優位)になったら、意識的に「長く息を吐く」こと。呼吸は自律神経をハッキングできる唯一の手段です。吐くことで副交感神経を刺激し、扁桃体の暴走を止められます。
- 行動: テンパった時こそ、ため息をつくように深く吐け。
- 【構造】筋肉(感情)ではなく、骨格(仕組み)で支える
- 力任せに解決しようとせず、構造的に有利なポジションを探してください。ビジネスなら「気合で残業」するのではなく「仕組みで自動化」する。柔術なら「腕力」ではなく「骨のつっかい棒」を使う。
- 行動: 「もっと頑張る」をやめ、「どうすれば楽に支えられるか(位置取り)」を考えろ。
- 【投資】エネルギーのROI(投資対効果)を考える
- その動き(行動)は、消費するエネルギーに見合ったリターンを生むか? 無駄な抵抗は、資産をドブに捨てるのと同じです。時には「負けるが勝ち(ポジションを譲って体力を温存する)」という判断が、最終的な勝利(生存)に繋がります。
- 行動: 全力疾走する前に、「この努力はどこに作用点があるか?」を一瞬だけ思考せよ。


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