【決断できない】主体性ゼロの「傍観者」だった僕が、自己効力感を育て直した方法

自己成長×行動科学

どうも、いわしです。

突然ですが、僕は「当事者意識」という言葉が、どうも苦手です。

会議で「いわしさんはどう思いますか?」と不意に話を振られると、心臓が口から飛び出るかと思うくらいドキッとします。「え、僕? えーっと、皆さんが良いなら…」と、玉虫色の回答でその場をやり過ごす。それが僕でした。

正直、「誰か決めてくれないかな」「責任、取りたくないな」と、人生のあらゆる局面で「傍観者」でいることを選んできた気がします。

しかし、傍観者でいるのって、楽なようでいて、実は一番しんどい。

自分で決めていないから、当然「自己効力感」なんてゼロ。

そこで、根性論が大の苦手な僕が、教養と科学の力(あと、ちょっとの戦略的思考)を総動員して「当事者意識」なるものをハックしようと決意した軌跡を、ここに記します。

もしあなたが「決断が苦手だ」「どうせ自分なんて…」とブレーキを踏みがちなら、この記事は「根性ゼロ」で主体性を手に入れるための、実践的な処方箋になるはずです。

なぜ僕らは人任せにしてしますのか?

僕は長年、「主体性がない自分」を責めていました。

「なぜ、あの人はあんなに自信満々なのに、自分はこうもビクビクしているんだ?」

「きっと、育ちや才能が違うんだ…」

「よし、やるぞ!」と意気込んでみたものの、3日後には「いや、やっぱり無理だ」と元の木阿弥。この「どうせ無理」という自動思考が、僕の人生のOSに深く組み込まれていたのです。

この正体は何か?

答えはシンプルで、「自己効力感」の不足でした。

自己効力感とは、心理学者アルバート・バンデューラが提唱した概念で、平たく言えば「自分なら、たぶんコレできるわ」という感覚のこと。

この感覚がゼロだと、そもそも「自分がやる」という選択肢が脳内に現れません。当事者意識を持つ以前の問題だったのです。

科学と戦略で「当事者意識」をハックする

根性論で失敗し続けた僕は、アプローチを180度変えました。

「主体性」を精神論ではなく、「技術」として捉え直すことにしたのです。

僕が試行錯誤の末たどり着いた、科学的根拠に基づく「主体性インストール戦略」は、以下の2ステップです。

「朝の3つの小さな宣言」

まず、自己効力感の「筋トレ」から始めました。

参考にしたのは、認知行動療法(CBT)や実践的なタスク管理術(GTD)の知見です。

いきなり「大きなプロジェクトを率いる」なんていう無謀な目標は立てません。そんなことをすれば、失敗して「やっぱり俺はダメだ」と自己効力感がさらに下がるだけになります。

僕が始めたのは、参考資料にもある「朝の3つの小さな宣言」です。

【いわし流・小さな宣言(初期)】

  1. 朝起きたら、コップ一杯の白湯を飲む。
  2. デスクの上にある本を、本棚に戻す。(2分で終わる)
  3. 寝る前に、1行だけ日記を書く。

バカらしいほど簡単でしょう?

でも、これが重要でした。ポイントは「100%達成可能なこと」を宣言すること。

そして夜、寝る前に手帳を開き、達成した項目に「赤ペンで花マル」をつけます。

「①白湯、飲んだ!」「②本、戻した!」「③日記、書いた!」

これを続けると、脳がだんだんバグり始めます。

「あれ? 俺、今日も『自分で決めたこと』を3つも達成してるじゃん。意外とやるな?」

これが、自己効力感を高めるドーピングです。

「大きな成功」を1回狙うより、「小さな勝利」を100回積み重ねるほうが、自己効力感の基盤は強固になります。

【過剰な責任感の解体】「メタ認知」で感情と行動を分離する

「小さな宣言」で自己効力感が少し育ってくると、次の壁にぶつかります。

それは、「失敗への恐怖」と「過剰な責任感」です。

例えば、「ブログ記事のテーマを決める」という中程度の決断。

途端に、僕の頭の中では「もう一人の自分」が騒ぎ出します。

  • 「うわー、このテーマでスベったらどうしよう」
  • 「批判されたら立ち直れない」
  • 「決断した責任を負いたくない…」

ここで登場するのが、第2の戦略「自己距離化(メタ認知)」です。

これは、自分の感情や思考を「第三者の視点」で観察する技術。

僕は、騒がしい「主観の自分」とは別に、冷静な「客観の自分」を登場させる訓練をしました。(参考資料にある「役割分け」と「自己距離化」の応用です)

主観の自分:「怖い!不安だ!決められない!」

客観の自分:「はいはい、怖いのは分かった。感情的責任は受け止めよう。で、行動的責任(次に何をするか)はどうする? 5分だけリサーチしてみようか」

ポイントは、感情(罪悪感や不安)と、行動(次に何をすべきか)を切り離すことです。

失敗が怖いのは当たり前。でも、その感情のせいで「行動」までフリーズさせる必要はないということです。

「怖いけど、やる」

「不安だけど、決める」

この「メタ認知」による分離作業こそが、大人の「当事者意識」の正体だと気づきました。感情に責任を持つ(=怖さを認める)ことと、行動に責任を持つ(=決断する)ことは、全く別のゲームだったのです。

結論:あなたは「傍観者」から「当事者」になれる

「当事者意識」とは、生まれつきの才能や熱い根性ではありませんでした。

それは、日々の訓練で獲得できる、きわめて地味な「科学的な技術」です。

かつて「誰か決めてくれ」と人生の傍観者席に座っていた僕も、今では「怖いけど、まあ5分だけやってみるか」と、小さな決断ができるようになりました。

この記事を読んだあなたが、明日から「当事者」になるための行動と学びを、以下にまとめます。


今日の学びと行動プラン

  1. 【学ぶ】当事者意識は「根性」ではなく「技術」である。必要なのは「自己効力感(小さな勝利の蓄積)」と「メタ認知(感情と行動の分離)」の2つ。
  2. 【行動①】明日から「朝の3つの小さな宣言」を始める。「白湯を飲む」「2分で終わるタスクを片付ける」など、必ず達成できるレベルでOK。夜に「できた!」と確認し、自己効力感を育てる。
  3. 【行動②】決断に迷ったら「感情」と「行動」を切り離す。「怖いな(感情)」と認めつつ、「でも、まず5分だけ調べてみよう(行動)」と、小さな一歩を踏み出す。

参考文献

この記事で紹介した概念やテクニックは、以下の書籍に基づいています。

  1. 自己距離化 (Self-Distancing / Metacognition)
    • Kross, E. (2021). Chatter: The Voice in Our Head, Why It Matters, and How to Harness It. Crown.
      (邦訳例:イーサン・クロス 著, 東出 顕子 訳『CHATTER(チャッター)―「頭の中のおしゃべり」をコントロールし、最良の行動を導くための26の方法』ダイヤモンド社)

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